第92話

「まだ痛むようだな」

「無理さえしなければ大丈夫だよ」

「言っておくが、酒は飲むなよ」

「僕が飲めないのを知ってるくせに。自分こそ」

「俺は立場上、飲食はしてない」


 須藤は椿を見た。確かにその両手には皿もグラスもなく、いつもの喪服姿だ。そういえば、これだけいる客の誰もが椿に声もかけていなかった。


「当然の事だ」


 椿が自分の喪服スーツをちらりと見てから言った。


「『委員会』の人間がこのような場に出るなど、本来ならおこがましいからな」

「それを言うなら、僕だって…」

「言うなよ、大和」


 椿が覗き込むように、須藤を見つめた。思わず須藤は黙り込んだ。


「生まれは関係ないだろ。俺達は高明様と紗耶香様のご好意でここに招かれたんだ」

「僕はまだ高明様にお会いした事がない」

「後で紹介する。それまでは堂々と前に立て」


 椿は須藤の背後に回り、軽くその肩を押した。「うわっ」と小さな声をあげて、須藤の身体が二、三歩前によろめく。


 すぐに顔を上げると、壇上でしゃべっていた若手政治家がすっきりした顔で袖に向かって歩いているところだった。

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