第84話

高明は、窓枠に置かれたラジオに目をやった。五年前、紗耶香の十二歳の誕生日に送ったものだ。テレビや映画を見る事が叶わない妹にと、操作しやすい小型の物を選んだ。


「まだ使ってくれてるんだな、ラジオ」

「もちろんです」


 紗耶香の小さな唇がわずかに緩んだ。


「お兄様がS国へ留学中は、ずっとニュースばかり聞いていました。お兄様が危ない目に遭っていないかと心配で」

「ありがとう、優しいな紗耶香は」

「でも、近頃聞くのはテロリストを処刑したとか、そんなものばかりで…」

「それで泣いていたのか?」


 紗耶香が頷いた。その拍子に、拭いきれなかった涙がまたこぼれ、一滴の雫が紗耶香の膝元に小さな染みを作った。


 高明は両手を伸ばして紗耶香の頭を包むようにして抱き寄せた。紗耶香もその腕に強くしがみつく。


「紗耶香」


 諭すような口調で、高明が言った。


「仕方ない事だよ、彼らは日本大国に仇なす俺達の敵なんだから」

「例えそうでも、誰かが処刑されるなんて、悲しくて辛い事です」

「忘れちゃいけない、紗耶香」


 妹を抱き締める兄の腕の力が強くなった。


「あいつらは俺達から父さんと母さんを…そしてお前から光を奪ったんだ」


 紗耶香はもう何も言わなかった。しがみついていた手を離し、様子を窺うように顔を上げてくる。


 そんな彼女に「化粧し直さなきゃな」と言って、高明は化粧台の方に向かって歩いた。

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