第80話

「椿君、来てくれたのか」


 椿の左肩に大きな手がかけられる。はっとして振り返った椿の目の前に、彼より少し背の高い高級スーツを着た男が微笑んでいた。


「あっ、高明様!」


 椿はすぐに一歩退き、自分の喪服スーツのシワを伸ばしてから、深々と頭を下げた。


 その様子を見て、「相変わらずだな、君は」と肩を竦めた男は、名を本郷高明(ほんごうたかあき)といった。


 代々、高名な政治家を輩出している本郷家の跡取りであり、十五年前に国家認定国民断罪法を制定した内閣総理大臣・本郷宗一郎の孫だ。


 日本大国で一番と称される名門大学を首席卒業後、中立国であるS国へ一年間の留学。つい数日前に帰ってきたばかりだった。


 高明はさもおかしそうに笑いながら、椿の肩を優しく叩いた。


「おかしな話だが、君は本当に喪服がよく似合う」

「これが我々『委員会』の礼装ゆえ。ですがすみません、高明様。紗耶香様の晴れの舞台なのに、このような姿で…」

「前にも言ったが」


 高明が困ったように腕組みをする。その際、流すようにブローされていた彼の艶のいい黒髪がさらりと揺れた。

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