第54話

「私が悪かったんです。すみません、すぐに気が付かなくて」

「いえ、あなたのA国での働きは日本大国でも評判で、我々警察も誇りに思っています。休暇で帰ってこられたのですか?」

「ええ。たまには妻と水入らずのアウトドアでもと思い、息子からこのキャンピングカーを借りたのですが、どこかスイッチを触ってしまって音楽が止まらないんです」

「ああ、そうだったのですか。どれどれ…」


 警官が開いた窓の中へ身を乗り出すようにして腕を伸ばす。彼の指先がハンドルの側のステレオボタンを押すと、鳴り響いていた音楽がピタリと止まった。


 男鹿はほうっと息を吐き出した。


「やれやれ、助かりました。ありがとう…ところで、これは何の検問ですか?」

「男鹿先生もご存じでしょうが、レッド・ティアーズが現れましたので、捜索を兼ねての検問です」

「ああ、それは大変だ。では私もしっかり受けなくては。免許証だったね、今出します」

「いえ、もうそれには及びません。我々が先導しますから、行って下さい」

「しかし、それでは他の方が…」

「大丈夫です。あなたには様々な特権が与えられているのです。もう少しそれを有意義にご利用下さい」

「…分かりました。では、お言葉に甘えて」


 穏やかな笑みで会釈すると、男鹿は再びハンドルを握った。


 警官二人の先導でキャンピングカーが列を抜け出す。そして、検問のバリケードを抜けると、何事もなかったように走っていった。

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