第30話

「ふふ…」


 その時ふいに、ユウヤから含み笑いが漏れ出した。


 始めは誰にも分からないくらいの小さなものだったが、だんだん肩を震わし、やがて心底おかしいと言わんばかりの前屈みとなる。


「遺言、だって?」


 ユウヤが根岸をしっかりと見据えた。


「遺言ではないが、言わなければならない事はあるな」

「何だと!?」


 根岸が声を荒げる。ユウヤはそれを全く気にもせず、だらりと下げていた右手を空に向かって掲げた。


 彼の右手の人差し指は、今も大通りの上空を飛ぶ報道ヘリを指していた。


「あのヘリに、今すぐそこから離れるように伝えた方がいい。それから根岸さん、あんた達は今すぐカエルのように這いつくばった方が身の為だ。でなければ安全が保証できない」


 ユウヤのこの言葉は、決して気の長い方ではない根岸の堪忍袋の緒を断ち切るには充分すぎた。


「…この腐れテロリストがぁ!もういい、撃ち殺せ!」


 軍人らしからぬ暴言を吐き、根岸の指が銃の引き金を引こうとした瞬間だった。


 ユウヤが指差す上空から、報道ヘリのものとは違う別の機体の影がやって来たのは――。

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