第12話



 重い鉄製の扉が開かれる、鈍い音が響いた。


 扉の向こうは四方をセメント剥き出しの壁に囲まれた暗い独房となっている。


 独房の中にはトイレと洗面台、粗末で薄い布団以外、何もない。


 いや、左側の壁の天井に近い部分には、人の頭一つがようやく抜けるくらいの狭い窓があった。


 その窓から、ふわりふわりと色とりどりの風船がいくつも抜けて、空へと飛んでいくのを、扉の外からやって来た看守は見逃さなかった。


 看守は鼻で笑いながら言った。


「最期の願いだって言うから届けてやれば…手紙をくくりつけて飛ばすなど、古臭い希望のすがり方だな」


 看守が見つめる先には、薄汚れた囚人服を着た一人の男がいた。


 看守の声に反応して、彼は振り返る。二十歳にも満たないような、少年の顔だった。


 嘲笑する看守に向かって、少年は「そうかな?」と返した。


「マリー・アントワネットが最期に牢から出した手紙は、遺族に届けられずに何年も隠されたんだ。それを考えれば、よっぽどいいね」

「歴史には興味ない。そして、どんな奴もお前の手紙に興味を持ちはしない。あきらめるんだな」

「……」

「出ろ、時間だ」


 看守は手にライフルを持っていた。そのライフルで少年を促す。


 少年は無言のまま、窓からそっと離れた。

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