第9話

「何をしている、早くそこから抜けてこい」


 自分とそう変わらない年頃の男の声――あいつだ、あいつに間違いない!


 男は確信して、風穴に身体を潜り込ませ、壁の向こうに這い出た。


 五年ぶりに見る外の景色だった。真夜中だから街の姿は見えなかったが、ぽつぽつと見える家々の明かりだけで、男は歯を噛み締めて外に出られたという実感を持った。


 そんな男の背中に話しかける者がいた。


「どうやら手紙に書いてあった決意は本物のようだが、暗号にするならもっと複雑にしろ。あんなに簡単で、よく検閲に悟られなかったものだ」

「そりゃ、検閲の奴がよほどマヌケだったんだな…あんたが、噂のユウヤか」


 男は振り返る。どしゃ降りの雨の中、自分を見据えていたのは黒いコートがよく似合う長身の男だった。


 コートの男が「そうだ」と答えた。


「試験にパスした以上、お前を仲間に入れる。言っておくが、俺達の仲間に自殺志願者はいらない」

「言うねぇ。俺は俺の目的の為に、あんた達の仲間になる。それだけさ」

「ならば、一緒に来い。この国を変えるんだ…」


 コートの男はくるりと踵を返して歩きだした。ただ、前を見据えて…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る