第3話

男の子は、特に拘束をされている訳ではなかったが、その顔は恐怖にひきつり、両足がガクガクと震えていた。


 薄汚れてボロボロの服を着た彼は辺りを何度も振り返り、小さな声で「助けて…」と言った。


「お願い、誰か助けて…怖いよ、助けて…」


 だが、男の子と車を完全に取り囲んだ輪の集団から、誰の手も差し伸べられる事はなかった。


 それどころか、誰もが男の子に対して、敵意に近い眼差しを向け、口々に言葉を発した。


「お前らに人権はない…」

「ふざけんな、犯罪者が!」

「おとなしく裁きを受け入れろ!」


 彼らのすさまじい怒号を、男の子の小さな身体で受け止める事は不可能だった。


 男の子は「ひっ!」と悲鳴をあげ、そのままうなだれて耐えるしかなかった。


 やがて、校庭の至る所に設置されたスピーカーから大きな音楽が鳴り響いた。この場の空気に全く似つかわしくない、軽快なファンファーレだ。


 ファンファーレは一分足らずと短いものだったが、それは車の男の決意と、集団の狂気じみた興奮、そして男の子の恐怖を最大限に膨らませるには充分であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る