第100話

翌朝。智之より早く目を覚ました俺は、窓辺に干されてあった自分の服と下着に手早く着替えて、そのまま部屋を出ようとした。


 だが、自分の中ではかなり静かに行動していたつもりでも、実際はそうでもなかったようでな、俺が玄関に辿り着くよりずっと早く智之の掠れた声が聞こえてきた。


「…清水君?どこ行くんだよ」

「帰る」

「何で?もうすぐ父さんも帰ってくるし、一緒に朝ごはん食べてから、今日もコスモスの世話しに行こうよ」


 また、父さんかと思った。俺は、瞬時に前の日の夕食の様子を思い出していた。


 智之と父親は、終始笑顔だった。そうめんの取り合いなんて子供じみた真似をしたり、他愛もない話からくだらない冗談まで、本当にずっと楽しそうにしていた。


 俺の家とは全く逆だった。俺とおじいさんは、あんなふうに笑い合ったりしない。小さい頃からずっと、食事中は無駄口叩かず静かにしろと言われてきた。何もかも、温度がまるっきり違っている。


 それを見せつけられているような気になったし、俺がいる事が場違いであるようにも思えた。


 「帰る」とは言ったが、家に戻る気にはなれない。かといって、智之の家にずっといると、また火種が大きくなりそうで、それがたまらなく嫌だから出ていこうとしてるのに、その事を全く知らない智之は布団から起き出してきて、俺の腕を掴んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る