第95話

風呂を終え、用意されていた着替えを身体に通してから廊下に出ると、智之の父親が鼻歌を歌いながら、流し台の横にちんまりと取り付けられているコンロの前に立つ姿が見えた。


 周囲を二、三度見回してみるが、智之の姿がどこにも見えない。だから、その背中に向かって聞いてみた。


「お風呂、ありがとうございました。あの…智之は?」


 すると、父親は肩越しに振り返って、また屈託のない笑顔を見せてくれた。


「おう、あいつなら買い物に行かせたよ。麺つゆが足りない事にさっき気付いちゃってな」

「麺つゆ?」

「今日のメインディッシュ。冷やしそうめんパーティーにしようと思ってるんだ。好きかい?」

「あ、はい。好きです」

「たくさん作るから、遠慮なく食べろよ?」


 見ると、コンロの火にかけられた古い鍋の中に大量の水が張ってあり、その傍らにはそうめんの束がいくつも置かれていた。


 父親は再び鼻歌を歌いながら、具となるキュウリやらハムやら薄く焼いた卵やらを適当な細さに切り始める。手伝うと言ったが、彼は「君はお客さんなんだからいいんだよ」と言葉を返すと、俺を奥の部屋に追いやった。


 仕方なく、俺は智之と父親が普段使っているだろう部屋の真ん中に腰を下ろした。

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