第94話

「清水君、湯加減どう?」

「ちょっとぬるい」

「あは、ごめん。僕と父さん、それくらいがちょうどだから。ぬるかったらお湯を足していいよ」

「おう」

「清水君の服、洗濯しちゃうから。着替えは父さんの使ってよ。あ、下着は買ってきたばかりの新品だから安心して?」


 どこの世話好き女房か、お熱たっぷりの恋人だよ。俺はおかしくなって、思わず噴き出していた。


「お前っ…本当、バカ…」

「な、何だよっ。仕方ないだろ、僕と君とじゃサイズが合わないんだから」


 的外れな回答をする智之が、余計におかしかった。それと同時にうらやましくもあった。


 ほんの少しの会話しか聞いていなかったが、智之と父親の間に流れるものはとても温かかった。俺とお前のおじいさんの間では、決して生まれ得ないもの。物心付いてから、一度も味わった事のないものだった。


 気が付けば、俺の口は勝手に動いて言葉を紡いでいた。


「親父さんと、仲いいんだな」

「え、うん…まあね」


 引き戸のせいか、やたら智之の声がくぐもって聞こえてきた。


「母さん死んじゃってからは、二人きりの家族だからね。何でも話し合って、二人で協力し合って生きていこうって決めてるんだ。そりゃ、たまにはケンカもするけど…基本的には仲良し親子かな」

「ふうん…」


 この会話が、俺の中で小さな火種を生む最初のきっかけになろうとは、俺自身もまだ知らなかった。あのまま気付かなければ良かったのにと、今は心の底から思ってるよ、浩介。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る