第91話

智之との待ち合わせ場所は、高校の校門の前だった。


 すぐに戻ってくるからという俺の言葉を信じて、律義に待ち続けてくれていた智之の額には、夏の暑さにやられた大粒の汗がたくさん張り付いていたが、そこまでひたすら走ってきた俺の方が水を被ったかのように汗だくだった。


 当然、智之は驚いたよ。


「どうしたの、清水君!?」

「何でもねえよ」

「何でもないって…」


 我ながら、ずいぶん下手な言い分だなと思った。着替えの荷物も持ってきてない上に、自転車にも乗ってこないでぜいぜい言っているのに、それで「何でもない」という言い分が通じるとでも思っていたのだろうか。


 でも、智之はそんな俺の「何でもない」という言葉の訂正を求めようとはしなかった。ただ、驚きの為に大きく見開いていた両目を半月のごとく細めてから、「すぐお風呂貸すからね」とだけ言ってくれた。それが、とてもありがたかった。




 智之の家は高校から二十分ほど離れた、静かな住宅街の一角にあった。


 家といっても、少し古びた二階建てのアパートだった。


 築何年かは知らないが、外装の壁の色は所々が色褪せていて、触ってみるとひどくざらついていた。うちは二階なんだという智之に連れられて昇った階段は、ギシギシと危なっかしい音を立ててわずかに揺れるので、少し怖いと思ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る