第86話
そんな俺に比べて、智之は実に素直に自分の気持ちを口に出していた。
「良かった、本当に…」
「大げさなんだよ、お前」
一生懸命土を均して、世話したんだから、芽が出るのは当たり前だろ?
そんなふうに言ってやったら、智之はわずかに不安の色が混じった顔つきで俺を見上げてきた。
「不安がなかった訳じゃないよ。本当はできるだけ涼しい場所に蒔いてやった方がいいらしいし。だから本当に育つのかなって心配だった」
「育ったじゃねえか。芽がしっかり出てる」
「清水君のおかげだよ。僕一人だったら、不安ばかりが先走って心が折れてたかも」
「不安?いつも誰かの用事をそつなくこなしてやってるお前が?」
「ああいうのとは違うよ。皆、僕が相手だと言いやすいみたいから頼んでくるだけ。僕がやってあげたい訳じゃない」
「意味がよく分かんねえんだけど…」
「僕が本当にやりたかったのは、こういうのだって事」
そう言って、智之はキバナコスモスの小さな芽をそっと指差す。それを見ただけで、何となく彼の言いたい事が伝わってくるような気がした。
上手く言えないんだが、智之はきっと自分から何か行動を起こして、それがささやかな形となって残せたらいいと思ってたんじゃないだろうか。
大きな自己アピールでなくていい。誰かに押し付けられた何かでもない。きっかけは園芸部の連中に頼まれた事だったかもしれないが、今ではこれが智之の存在のすごさを表すものになってる。
そして、その中で「清水君のおかげだ」と恥ずかしげもなく言ってくれる彼の言葉に、俺は生まれて初めて自分が認めてもらえたような気がして嬉しかった。
俺も思ったよ。智之と友達になれた良かったと。
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