第85話

浩介。きっとお前は「そんな事はない」と思ってくれるんだろうな。


「そんな事はない。父さんは身体が不自由な人達の為に、立派な会社を興して頑張って仕事をしてきたじゃないか」


 そんなふうに言ってくれるお前の声が聞こえてきそうだ。


 でも、違うんだ。今の俺は、花壇作りをしてキバナコスモスを咲かせようとしていたあの頃の俺より断然劣る。むしろ、最低な人間なんだよ…。




 話を戻そう。


 種を蒔いて一週間目の午後の事だった。


 その日の分の世話も終わって、スーパーで買っていた昼食用の菓子パンも三つ食べ終わって、もう帰ろうぜと言いながら俺が立ち上がった時、智之がやたら子供っぽい声で「うわぁ~」なんて言ったんだ。


「どうしたんだよ」

「清水君、芽が出てるよ!」

「え?」


 四つん這いになって花壇を覗き込んでいる智之の視線の先を追ってみれば、確かに彼の言う通り、黄緑色の芽が一つ、花壇の土を突き破って顔を出しているのが見えた。


 午前中に世話をしてやってる時には気付かなかった。多分、俺達が昼食をとってる時にゆっくり、ゆっくりと出てきてたんだろうな。口には出さなかったが、この時俺は「何だか、すっげえ…」と思っていた。

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