第82話
まあ結局ジュースはおごる羽目になって、その日は二人で帰路に着いた。
俺はコーラを飲んだが、智之はやたら酸っぱそうな果汁100%のオレンジジュースをぐいぐいと飲みながら、今度は『コスモス』とやたら大きくて単純な太字のタイトルが付いた本を抱えて歩いている。その本の表紙には黄色の花びらを大きく広げたコスモスの写真もあった。
「明日、キバナコスモスの種を持ってくるから、一緒に蒔こうね」
オレンジジュースの缶から口を離して、智之が突然そう言うものだから、もう少しでコーラの炭酸が喉に引っかかってむせるところだったな。一瞬だけ咳き込んだ後、聞き慣れないその花の名前をオウム返しに聞いた。
「キバナコスモス?」
「うん、これこれ」
智之が指差したのは、彼が持っている本の表紙の写真だった。
「今から蒔けば、きっと秋には間に合うんじゃないかな?」
「どうだか。今から本格的に暑くなるってのに…あっという間に枯れたりしてな」
「大丈夫。キバナコスモスは暑さに強い花なんだ。それにコスモスって一見ひ弱そうに見えるけど、わりと丈夫なんだよ。日当たりと水はけさえ良ければ、例え土が悪くても元気に育つ…あっ…」
「ふうん、そうか…土が悪くても育つのか…」
俺がちょっと睨んでやれば、智之はしまったと言いたげに目を逸らした。五日前の俺ならだましやがったなと憤慨しただろう。だが、この時の俺は全く腹が立たなかった。
むしろ、どうしようどうしようと俺への言い訳を考えてあたふたし始めた智之の姿が面白くて、思わずぷっと吹き出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます