第58話

「俺にはね、息子が一人いるんだ。清水君と同じくらいのね」

「は…?」


 思わず、間抜けな声が出た。何だ、この刑事。いきなり、何を話し出すんだろうと思った。


 僕の戸惑いに気付いているはずなのに、狩野はお構いなしに話を続ける。とても真摯な表情と声色で。特に彼のそんな声はコンクリート剥き出しのこの取調室の中でやたらと反響して、聞きたい訳でもないのに否応なく僕の耳に飛び込んできた。


「事情があって、一緒には暮らしてないんだけどね。でも君の話を聞いて、ちょっと考えてみた。もし自分の知らない所で息子が君と同じ目に遭ってたらって。きっと、尋常じゃなく歯痒くなるに違いないんだ。どうして知らせてくれなかったのかとか、気付いてやれなかったのかとか、たくさんね…」

「…だから、何ですか?」

「清水君のご家族も、同じ思いをしてるんじゃないかなって俺は勝手に思ってる。どうして話してくれなかったのかって」

「僕の家と刑事さんのとこと、一緒にしないでもらえませんか」


 僕の心の内に、ぽつんと小さな黒いシミのような苛立ちが生まれる。


 苛立ちっていうものは、本当に厄介なものだ。どんなに冷静でいようとしても、一度生まれてしまったそれは、まるで水面に浮かんではあっという間に広がっていく波紋のように僕を支配してしまう。


 全く、やめてほしい。これじゃ僕まで低レベルな人間みたいじゃないか。僕は言葉を続けた。

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