第55話

「浩介」

「何?」

「あんまり、根詰めない方がいいよ」

「何で」


 めったに聞けない、珍しい姉からの労わりの言葉に、ごくごく自然に「何で」という言葉が出た。それだけ僕が不思議がっていると、姉は少し神妙な面持ちになり、小さく咳払いをしてから、さらに言葉を続けた。


「お父さんが心配してた」

「父さんが?」

「浩介は、俺を見過ぎてるって。もっと別なものをたくさん見てほしいって」

「…だから?」

「もっと、浩介の好きな事をしてもいいんじゃない?」


 最寄駅がすぐ目の前に見えてきた所で姉がそう言うと、僕は自分の顔が苛立ちでかあっと赤くなるのを感じた。


 どうして父も姉も、同じような事を言うんだろう。僕は本当に自分のやりたい事――医者になって、父さんを助けたいと思って頑張っているのに。どうして、別の事に目を向けさせるような事を言うんだろう。


 僕は姉を睨み付けた。彼女の神妙な面持ちが、一瞬で困惑したものに変わる。僕は言ってやった。


「僕は、僕のやりたい事をやってるよ!昔も今もこれからも変わりないって!」

「浩介…」

「大丈夫だから!何も心配ないから!」


 僕は姉に背中を向けて、分かれ道を西に向かって走り出した。姉が何か言っているようだったが、無視して走り続けた。

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