第46話

「無理に、医者にならなくたっていいんだぞ?」

「えっ…」

「別に普通の高校、大学だっていいんだ。大学を卒業したら、そのまま父さんの会社を手伝ってくれればいいんだし」

「何言ってんの、それをやりたいのは姉さんでしょ」


 福祉の仕事と会社経営に、姉は強い関心を示していた。僕より五歳年上の姉は、将来父の仕事を手伝いたいという理由である大学の経済学科に進んだ。


 姉はもう自分の道を決めて、先に進んでいる。今度は僕の番だ。僕も尊敬する父の助けになりたい、もっともっと大きな力とやり方で。


 だから、父の言葉に僕は初めて反感を持った。だから、力強く言ってやった。


「嫌だよ。言っただろ、僕は父さんを助けたい。父さんの力になりたいんだ」

「浩介…」

「僕は他人の為に心を砕いて仕事ができる父さんを、本当に尊敬してる。ずっと先になると思うけど、もし医者として開業できたら、父さんの会社とタッグを組んで、一緒にたくさんの人を助けたいと思ってるんだよ?」

「……」

「安心して、父さん。僕は頑張るから。父さんみたいに、立派にやってみせ…」

「俺は、立派な人間なんかじゃない」


 急にそう言って僕に背中を向けた父のその言葉が、どすんと胸にぶつかってきて、そのまま僕の心の奥に巣食ったような気がした。


「立派な人間なんかじゃ、ないよ…」


 もう一度言って、父は僕の部屋を出ていく。その時、肩越しに見えたその顔は、自嘲の笑みを浮かべていた。

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