第43話



 僕は子供の頃から、将来就く職業は医者にすると決めていた。


 あれは五歳くらいの時だったと思う。父と一緒に近所にある土手の上を散歩していたら、僕達の目の前で白い杖をついたおじいさんがふらふらと覚束ない足取りで歩いてくるのが見えた。


 子供心に杖の使い方が変だなと思った事を覚えている。普通だったら地面に垂直に立てて使うはずのものを、わざわざ斜め前に突き出し、とんとんと何回か地面を叩くようにしながらおじいさんは歩いている。


 その様子を見つめていると、ふと落ちていた少し大きめの石ころに杖の先端がぶつかった。


 それに気付いたのかおじいさんは「おお…」と短い声を漏らして、すいっと進行方向をずらしてさらに進もうとする。だが、その先は土手と川の間にある切り立った斜面部分しかなく、このままだとおじいさんが滑り落ちてしまうと恐怖に駆られた。その時だった。


「危ないっ!」


 気が付いた時、父はもうおじいさんのすぐ側まで駆け寄っていて、その細い両肩に手を置いていた。


 驚いているらしいおじいさんは、おそるおそる父を見上げている。そんなおじいさんに、父はとても優しい言葉をかけていた。


「お宅までお送りします。私の背中に乗って下さい」


 そうやって父は、おじいさんを軽々と背中に乗せ、ずっとおんぶしたまま長い道のりを歩いて家まで送った。おじいさんが実は盲目だったんだと僕が理解したのはこれから数年後になるのだが、父の背中をこの時初めてたくましくて頼りがいがあると思った。


 何度も何度もお礼を言われて、感謝の印のミカンを何個か頂いてしまった帰り道、父は僕に言った。


「浩介。世の中には身体が不自由で困っている人がたくさんいる。お父さんはそういう人達を助ける会社を作ろうと思う。浩介は応援してくれるかな?」

「うん、もちろんだよ。じゃあ僕は、そんな人達を治すお医者さんになるよ」

「本当か?じゃあ、一緒に頑張ろうな」

「うん!」


 それから間もなく、父は福祉業務関係の会社を興し、身体の不自由な人やお年寄りの人々をサポートし続けた。


 そうして父の会社がやっと軌道に乗り始めた頃、僕は高校に入学して、真鍋太一と出会う事になる。

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