第37話


「…本当に申し訳ありません。灯は、誰にも会いたくないと」

「そう、ですか…」

「本当にすみません」


 心底申し訳ないといった表情を浮かべながら、城ノ内の母親が玄関先で深々と頭を下げる。それを見て反射的に僕も頭を下げ返すが、玄関のドアの向こうにいるであろう城ノ内が気がかりで仕方なかった。


 城ノ内が学校に来なくなって四日。僕はほぼ毎日、放課後になると彼女の家を訪ねた。


 先日の事はきっと親御さんにも知られたくないだろうと考え、訪ねる理由はもっぱら宿題や連絡のプリントを届けるというものにしてある。


 僕が見る限り、母親はまだ気付いていないのだろう。僕が持ってきたプリントの束を胸に抱きかかえるようにしながら、悲しそうに深い溜め息をついた。


「灯が何を考えているのか、全く分からないんです」


 とても小さな声で、母親は言った。


「先週まで、本当に普通だったんです。普通に朝起きて、普通に学校に行って帰ってきて…それなのに、急にもう学校に行きたくないって言い出して。ずっと部屋に閉じこもっているんです。声をかけたら、何かに脅えるみたいにびくびくして…」


 僕の左手は無意識に右腕を抑えた。医者にも行かずに適当に傷薬を塗って包帯を巻いただけの二の腕は、まだ痛みを発している。それでも城ノ内の心のそれに比べれば、まだマシなように思えて…僕は誰にも例の事を言わなかった。

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