第36話

「じょ、城ノ内っ…」


 僕が声をかけると同時に、城ノ内の顔に動揺の色が浮かんでくる。口をパクパクと動かし、力を徐々に失くしていく彼女の手からカッターナイフがするりと滑り落ちた。


 カチャリ、と無機質な音を立てて床に落ちたあったカッターナイフ。それを見ていた斉藤はまた、ふふんと笑った。


「何よ、城ノ内。やればできるじゃん」

「…っ…!」

「その調子で、また明日からも楽しませてよ。それじゃね、バイバイ♪」


 まるで何事もなかったかのように、斉藤は楽しげなハミングをしながら軽やかな足取りで教室を出ていく。僕と城ノ内だけが取り残された。


 僕は蹲っていた身体を何とか立ち上がらせ、再び城ノ内の顔を見る。彼女はひどく混乱している様子で、ガチガチと歯を噛み鳴らしていた。


「城ノ内、大丈夫か…?」

「せ、せんせ、い…私、私…」

「うん。僕は大丈夫だから。こんなの掠り傷…」

「な、何で…?何で私、こんな物持って…先生に、こんな、こんな…」

「城ノ内?」

「私、私はただ…あいつから逃げたかっただけ…それなのに、こんな事までされて…」


 城ノ内は自らを抱き締めるように、震える両肩を掴む。それでもなお、震えは止まらなかった。


「城ノ内、落ち着け。落ち着くんだ…」

「何で、何で私、こんな…」

「城ノ内っ!」

「いやあぁぁ~~!!」


 空気を裂くような城ノ内の悲痛な叫びが、教室中に響き渡った。




 そして、この翌日から城ノ内は学校に来なくなった。

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