第29話
だが、「城ノ内…」と切り出そうとした僕の言葉を遮って、彼女が先手を切った。
「昨夜の事だったら、ごめんなさい」
「え…」
「今年から受験生なんだなって思ったら急に気が滅入っちゃって…私が塾帰りに皆を誘って万引きしようって言ったんです」
「は?」
「先生に見つけてもらえなかったら、私は道を間違ってました。本当にごめんなさい。他の皆にも私から謝りますんで、どうか責めないであげてくれませんか…」
そう言って、城ノ内は椅子に座っていた僕の両手を取り、ギュッと握ってきた。
今思えば、この時僕は気付かなければいけなかった。この瞬間が、城ノ内が僕に向けてきた最初で最後のSOSだったのに。僕の手を握るその小さく細い両手が僕に気付いてほしくて震えていたのに、彼女なりに必死だったのに、僕は気付いてやる事ができなかった。
それどころか、あの時聞こえてきた会話は若干酔っていた僕の聞き間違いだったんだと思ってしまい、その上、前任の担任の先生からの申し送りで聞いていたクラス全体の雰囲気が「皆とてもいい子で、協調性があり、何の問題もない」というものだったので、それを鵜呑みにしていた僕は、城ノ内の表面上だけの言葉までそのまま飲み込んでしまった。
「分かったよ」
きっとこの時の僕は、いかにも全部分かり切ったような、それでいてとんでもなく間抜け面だったに違いない。できる限り優しい声色で、城ノ内に答えていた。
「昨夜の事は僕の胸の内にしまっておく。その代わり、もう二度とするなよ」
「…はい」
「それから、今年もクラス委員長をやってくれるか?僕を助けて、クラスを引っ張っていってくれよな」
「…はい…」
またか細い声を出しながら、城ノ内は小さく頷いた。
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