第22話

「えっ…」


 慌てて目の前を見てみると、僕の向かいに座っていた一人の女性の手には、僕の飲みかけのジョッキが握られている。彼女はとっさの事で何も言えない僕に向かって、悪戯っぽい笑みを浮かべながら。


「飲まないなら、もらっちゃいますね」


 早い口調でそう言うと、一気にジョッキを口元に傾けた。


「…ぷっはぁ~。今野幸子、頂きました!」


 苦味の利いたビールを心底美味そうに飲み干して、女性はにかっと笑う。それと同時に席にいた全員が盛大な拍手をした。


「さすが幸子ちゃん!お強い!!」

「それでもう何杯目?ピッチ早すぎ、強いなんてもんじゃないわよ~」

「俺、幸子ちゃんみたいな婦警さんなら捕まってもいいよ」


 どうやら同期の彼は彼女に的を絞ったらしく、本気で口説こうとしているのか、その小さな手をギュッと握り締めている。


 人の飲みかけのビールを奪うような節操のない女性がそれほどいいのだろうか。大体、そんな人が婦警だなんて信じられるか。どうせこの場限りの嘘だろう。


 用を足したくなってトイレに向かおうと立ち上がった時、再び彼女と目が合った。


 彼女――今野幸子はじっと僕の顔を見つめている。それが居心地悪くて、反射的に「な、何か?」と聞くと、彼女は興味津々という口調でこう言った。


「…うん、やっぱり似てる」

「誰に?」

「私の上司、かなぁ?」


 疑問形の言葉に疑問で返すという彼女に心底呆れ、僕はさっさとトイレに向かった。そしてそのまま、彼女と言葉を交わす事はなかった。


 だが、この三日後に、僕は彼女と再会する事になる。


 夕方、たまたま交通課の手伝いに駆り出されて路上の駐禁チェックをしていた婦警の制服姿の今野幸子を見かけた。つい声をかけてしまったら、彼女は嬉しそうに僕を見て笑った。


 それから一ヶ月経つ頃には、僕は彼女と交際を始めていた。

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