第16話

「分からないんです…」


 高志はまた私から視線を逸らし、部屋の中央の空気をぼんやりと見つめるかのようにして話し始めた。


「ほんのちょっと前まで、普通に接していたんです。だから、どうしてあんな物を持っていたのか、どうしても分からなくて。そのせいなんでしょうか。切られた時は、何故か腕よりも胸の方が痛かった…」

「高志…」

「でも、あいつの方がもっと訳が分からないといった顔をしていたんです。お父さんはおかしいと思われるかもしれませんが、確かにそうでした。あいつはどうして自分がこんな物を持ってるのか、どうしてそれで僕を切ってしまったのかと、ひどく動揺してて…」

「その子は今、どうしてるんだ?」

「怖がって、自宅の自室に閉じこもっているそうです」


 そこまで言うと、高志はそろそろとYシャツを着込み、また長く息を吐き出した。治療した右腕が、小刻みに震えていた。


「お父さん、今の話は忘れていただけますよね…」


 高志が言った。何だか、今にも泣き出しそうだと思えるような頼りない声だった。


「酔った勢いでつい愚痴ってしまいました。本当にすみません、今日はこれで失礼しま…」

「いや、今夜は泊まっていけ」


 高志の言葉を遮って、私はぴしゃりと言い放つ。彼のきょとんとした赤い顔を見て、私も愚痴をこぼしたい気分になっていたのかもしれない。

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