第16話
「分からないんです…」
高志はまた私から視線を逸らし、部屋の中央の空気をぼんやりと見つめるかのようにして話し始めた。
「ほんのちょっと前まで、普通に接していたんです。だから、どうしてあんな物を持っていたのか、どうしても分からなくて。そのせいなんでしょうか。切られた時は、何故か腕よりも胸の方が痛かった…」
「高志…」
「でも、あいつの方がもっと訳が分からないといった顔をしていたんです。お父さんはおかしいと思われるかもしれませんが、確かにそうでした。あいつはどうして自分がこんな物を持ってるのか、どうしてそれで僕を切ってしまったのかと、ひどく動揺してて…」
「その子は今、どうしてるんだ?」
「怖がって、自宅の自室に閉じこもっているそうです」
そこまで言うと、高志はそろそろとYシャツを着込み、また長く息を吐き出した。治療した右腕が、小刻みに震えていた。
「お父さん、今の話は忘れていただけますよね…」
高志が言った。何だか、今にも泣き出しそうだと思えるような頼りない声だった。
「酔った勢いでつい愚痴ってしまいました。本当にすみません、今日はこれで失礼しま…」
「いや、今夜は泊まっていけ」
高志の言葉を遮って、私はぴしゃりと言い放つ。彼のきょとんとした赤い顔を見て、私も愚痴をこぼしたい気分になっていたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます