第9話
「お母さん、きっと『お疲れ様でした』って言っていると思います」
私が供えた白い百合を見つめながら、高志が言った。
「僕はお母さんほど強い人を他に知りません。闘病でいつだって苦しかったはずなのに、それを打ち消すかのようにいつも笑っていました。恨み事一つ言わずに」
私は、靖子の最期を知らない。長い闘病の末、最期の半日は意識が全くない状態の彼女を義理の両親と高志はずっと見守っていてくれたそうだ。私が危篤の知らせを聞いて病院に到着した時には、彼女はもう冷たくなっていた。
高志の言葉に、一つだけ分からない事がある。
靖子はどうして、私を恨まなかったのだろう。
家庭を顧みず、病気にも気付いてやれず、そのくせあっさりと離縁を承諾し、最期を看取る事もしてやれなかった私に、何故一言も…。
考え事をしている私に気付いているのかいないのか、高志の言葉は続く。
「お父さん、僕はですね。昔、そんなお母さんもあなたも理解できませんでした。いつもよその家族と比べては、僕の両親はおかしいと感じてましたし、学生時代はその事でよく腹を立てていたものです」
「…お前がそう思うのは無理ない。私が悪いんだからな」
「でも最近、ほんの少しですけど分かり始めてきたような気がするんです。お父さんもそれなりに戦ってきたんじゃないかと」
「何…?」
「これから、お父さんの家に寄ってもいいですか?いい酒を手に入れたんです。定年の祝いをさせて下さい」
高志はそう言うと、私に背を向けて先に歩き始めた。私は慌てて彼の後を追った。
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