第5話



 電話から小一時間が過ぎた頃、私は自宅より数キロほどしか離れていない霊園に足を踏み入れていた。


 故人に残された家族の行く末を見守ってほしいとの意図があるのだろう。街を一望できるほどの小高い山を切り開いて造られた霊園は、管理がよく行き届いているために、いつ訪れても荒れた様子は微塵も見当たらない。


 ふと上を見上げると、霊園を囲うように咲いている桜の花の色がとても美しかった。今はまだ八分咲きといった感じだが、あと数日もすれば満開となって故人の目さえも楽しませてくれるに違いない。


 いくつもの墓石の間を縫って、私は霊園の敷地の一番奥にあるそれを目指して歩いた。


 前に来たのはいつの事になるだろう。少なくとも、一年ほど前になるのではないか。


 自分の不甲斐なさに苦笑いしているうちに、目的の場所まであと数メートルというところまで進んでいた。そこまで来れば、年のせいで少々視力が衰えてはいるものの、その墓石の前に自分より早く来ている男が両手を併せて参っているのが分かった。


 私は、少し勇気を振り絞って彼に声をかけた。


「高志(たかし)」


 彼――高志は前触れもなかった私の声に一瞬肩を震わせたが、すぐにこちらの方を振り返って軽く頭を下げた。


「お父さん、すみません突然…」

「いや、大丈夫だ」


 私は高志の横に立って、彼が手を併せていた墓石を見上げた。

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