第59話

その時だった。


「よう、レッド・ティアーズ!」


 リュウジが目指していた柱の影から、空気が裂ける音と共に何かがひゅん、ひゅんと飛んできた。


 幸い、それらの一つがリュウジの頬を掠めただけで終わったが、リュウジは自分の背後の壁にぶつかったであろう物を反射的に振り返る。そこには鋭利な投げナイフが、柄までしっかり食い込んでいた。


 リュウジは自分の頬を素早く拭った。ほんのちょっと掠めただけなのに、手の甲に滲んだ赤色がナイフの鋭さを語っている。


「…ちっ!ナイフ使いの野郎か!」


 今のはほんの挨拶代わり、次は本気で急所を狙ってくるだろう事は分かっていた。


 リュウジは上着の内ポケットから、手榴弾に似た形の「ある物」を取り出した。


 それの頭部に付いているピンを勢いよく引き抜き、「お返しだ!」と柱に向かって投げる。柱に当たったそれは、まるでカラーボールのように簡単に弾け、ブシュウッと真っ白い煙を吹き出した。


「…っ、煙幕弾か…」


 煙越しに、ナイフ使いのシルエットがもがいているのが見えた。リュウジは急いでブーツを脱ぎ捨てると、煙幕に紛れるように身を屈め、階上への階段に向かって足音も立てずに進んだ…はずだった。


「丸聞こえだぜ?お前の足音…」


 煙幕の向こうから縫うように、大きな手がリュウジの肩を掴む。そして、鋭いサバイバルナイフがリュウジの首筋をかっ切ろうと迫ってきていた。

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