第29話

まずは一階をくまなく捜してみようと考えた。


 直人は今、榎木新一に対して、並々ならぬ怒りと恨みを抱いているはず。彼を見つけた瞬間、どんな行動を取るかなど火を見るより明らかだ。


 決してそんな事はさせまいと思いながら、リビングに通じるであろうドアノブをユウヤが握った時だった。


 リビングとは別の離れたどこかから、水の音が聞こえてきた。滴るようなものではない、ザアアと途切れなく流れ出ているようである。


「風呂場か…?」


 水の音に耳を澄ませながら、ユウヤは聞こえてくる方角を辿って廊下の角を左に曲がる。すると、その先に見えたのはやはり風呂場であり、そこと脱衣場を仕切る役目を果たす引き戸が半開きになっていた。


 その引き戸に嵌め込まれた磨りガラスに寄りかかるようにして、直人が呆然と座っていた。やたら覇気のない顔で、風呂場の奥を見つめている。


「…直人!」


 思わず呼び捨ててしまっていたが、そんな事に構ってられず、ユウヤは直人の側に屈んだ。だが、それと同時に直人が見つめているものを、ユウヤも見てしまった。


 延々と蛇口から出てくる湯は風呂桶から溢れだし、足元のタイルを濡らしている。その湯の色は真っ赤だった。


 風呂桶にもたれるように、そこに榎木新一の身体があった。ずいぶんと着崩れていたが服は着たままで、左腕だけを風呂桶の中に浸けている。右手には鋭いカミソリが握られていた。

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