第22話

「これくらい、どうって事はない。直人君の心の痛みに比べれば」


 ユウヤは差し出された濡れタオルを拒み、妹尾の横をすり抜けようとする。彼の頭の中を占めていたのは、あの時の直人の目だった。


 二時間前、兄の死と自分が助かった本当の理由を知り、直人の目に恐ろしいものが宿ったのをユウヤは見た。ひたすら「殺してやる!」と叫び、骨壺を抱いたまま飛び出そうとする直人を、ユウヤはもちろん、施設の看護師や職員数人がかりで抑えた。その時、直人はユウヤの左頬を殴り、叫んだ。


「どうして兄さんを助けてくれなかったんだ!?兄さんを返せよ!」


 直人はその場で速効性の鎮静剤を注射され、眠りに落ちていった。少々乱暴だが、そうでもしなければ何をしでかすか分からない。


 いや、違うな…。


 ユウヤはわずかに頭を横に振って、自分の考えを否定し始めた。


「直人君にあんな目をさせたのは、まぎれもなく俺だ。俺が無理矢理にでも寛人さんを助けていれば…」

「ぼっちゃま、決してそんな事は」

「ないと、言い切れるのか?その結果、せっかく命が助かっても直人君は憎しみに捕らわれ出してる。それじゃ意味がない…あんなんじゃ、昔の俺と変わらない…」


 ユウヤの手から力が抜け、空となった拳銃がゴトリと落ちた。それを追うように、妹尾は目を伏せた。

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