第5話

被害者の夫・榎木新一(えのきしんいち)が精神鑑定テストをパスして行われたZ裁判でも、寛人は何も言わずに俯いたままだった。


 殺害現場に居合わせた唯一の証言者でもある榎木新一は、溢れる涙を拭いもせず、寛人を睨み付けながら話した。


「妻は…、洋子は優しい女でした。あの日、不甲斐なく風邪をひいてしまった俺の為に仕事を休んで病院に連れていってくれて…。シーツなんか取り替えなくていいって言ったのに、大事な話があるから早く治ってほしいって…。子供ができてたなんて知らなかった…!ちくしょう!何でだよ!何で金なんか盗みに来た!答えろ!」


 警察の尋問でも、そしてZ裁判でも、寛人はそれだけは口に出さなかった。


 言えない、絶対に言えない。迷惑をかけさせない為、無関係だと言い張らせる為に、今本に無理を頼んだのだ。


 ここで本当の事を話してしまったら、例え直人が戸籍上は赤の他人となっていても、何かしら理由をつけてリ・アクト対象者に選ばれてしまう危険がある。それだけは絶対に避けなければならない。だから…。


「金が欲しいのに理由がいるかよ、バ~カ…」


 一言、そう返した。それが検事達への印象を最悪にし、寛人本人へのリ・アクト執行判決が下される決定的な要素となってしまった。

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