第91話

「ねえ、ショウ…」

「何だよ?」

「私、急ぎ足だったけど忘れなかったよ?大人になれたけど、決して忘れなかった…」


 チリの真剣な口調が、僕の耳に届いた。


 僕だってそうだった。一度は消し去ってしまいたいと本気で思ったが、やはりそんな事などできる訳がなかった。


「分かってるよ。きっとケンも同じだ」


 僕は答えた。


「うん。だから悲しまないでね?」


 チリが言った。


「動かなくなった私は、ただの脱け殻だから。でも、あなた達が思ってくれさえすれば、私はいつでもどこにでもいるわ」

「だとしたら、完全にお前の一人勝ちだな。本当に、お前らしいよ」

「だってそう思えば、どこでも天国に見えるでしょ?」

「ああ、そうだな」


 僕は泣かなかった。悲しいはずなのに、涙は一粒もこぼれなかった。チリも泣かなかった。満面の笑みだった。


「気が向いたら…」


 僕は言った。

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