第90話

「『好きな人に、自分の最期を看取ってほしい』、か…」


 ケンの瞳が、そっと閉じられた。「ああ」と、僕は答えた。


「そして、『好きな人に、葵を託したい』…。チリの最後のわがままだ」

「いつでも葵を連れて、この町に戻ってきてやる。結局俺は、チリがいたこの町が好きなようだ。お前もいるしな」

「ああ。頼むよ、ケン」



「ねえ、私をモデルにしてみる気ない?」


 狭いアパートでチリや葵と一緒に暮らし始めてしばらく経った頃、画材の手入れをしていた僕に向かってチリが言った。


「何だよ、急に」


 そう問い返してやれば、ベッドの上のチリはさらに一回り小さくなってしまった身体で変なポーズを取りながら答えた。


「うん、やってみたくなっただけ。変な意味じゃなく、純粋にね」

「ヌードモデルなら、他を当たるよ。先生が何人か雇っているはずだから」

「嫌よ、脱ぎません。絶対にお断り」

「こっちだってお断りだよ」


 僕が言ってやると、チリは苦笑いを浮かべていた。

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