第86話
「薬の量も増えちゃったし、お医者さんからももう働くなって言われちゃった。これから病院に通う回数も増えるだろうし、次に入院する時は…」
肩越しに僕をちらりと見やったチリの顔は、覚悟を決めた表情だった。チリも分かっていたし、彼女の両親から何度も話を聞いて僕も分かっていた。
「実家に帰って、葵と静かに暮らそうと思ってる」
娘の小さな身体を重そうに抱き上げて、チリが言った。
「ねえ、ショウ。こうなるって分かってて、葵を産んだ私はどうしようもないバカかな?この子が悲しむって知ってて、自分の夢にこだわった私は…」
「ああ、そうだな」
僕は即座に答えた。
「でも、俺はお前を立派だと思う」
「……」
「お前の夢、全部叶ったのか?」
「いいえ」
チリは首を横に振った。
葵はきょとんとした表情で、母親の顔を覗き込んでいる。まだ何も知らないこの幼い少女は、母親のいつまでも変わらない存在感と腕の温かさを信じて疑わない様子だった。
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