第83話
「チリ」
健司が声をかけた。チリがこちらをゆっくり振り向くと、彼女の右腕に点滴の管が三本も突き刺さっているのが見えた。
「ショウ…。ああ、ケンも来てくれたの?」
チリの口からは、かつてのような明るく騒がしい声は出てこなかった。僕は葵を個室の端にあった付き添い者用のサイドベッドに寝かせると、健司と一緒に彼女の側に立った。
「起きてて平気か?」
僕が近付くと、チリは小さく頷いた。
「寝ても起きてても同じよ。まあ、そろそろだとは思っていたけれど」
「俺は何も聞いてないぞ、チリ」
健司が悔しそうに表情を歪めて言った。
「何で黙っていた?」
「私自身、信じてなかったからよ」
チリはさらっと答えた。
「こんなに元気なのよ。二十歳まで内臓の機能がもたない。この子は大人になれない、結婚も出産も無理でしょうなんて言われても信じられる訳ないじゃない」
僕や健司だって信じられなかった。
たとえベッドの上でどんなに大量の点滴を受けていたとしても、チリがそんな身体だったとは信じられなかったし、そう思いたくもなかった。でも今、僕達の目の前にいるチリはまさしく現実だった。
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