第62話

「近いうちに、おふくろを引き取ろうと思ってるんだ」


 僕の方には目もくれず、健司は言った。


「ある程度の仕事も任せてもらえるようになったから、きっと今より忙しくなる。親父もいなくなったからここにこだわる必要もないし、墓だけを残してこの家も引き払おうと思っている」

「そうか」


 健司の言う事も一理ある。ただの同級生でしかない僕に、彼の考えに反対するいわれはなかった。


 全ての荷物を車に詰め込み、運転席に座った健司は窓から自分の家をふっと見上げていた。その顔には、家に対する未練というものがあまり浮かんでいなかった。


 それが何となく寂しく思えた僕は、健司がエンジンをかけたにも関わらず、「なあ」とつい声をかけてしまった。


「お前、この町がそんなに嫌いか?」

「前にも言っただろ」


 健司の深い溜め息が聞こえた。


「嫌な思い出があるんだ。できれば経験したくなかったと思うほどのな」

「甲子園、行けなかった事か?」

「そういうものはどっちに転んでも、素晴らしい青春の一ページだ。でも、あれはそうならなかったよ。嫌な思い出だ」

「…なあ、携帯の番号を教えてくれないか。前に会った時の番号はもう使ってないんだろ」

「悪い。今、携帯持っていないんだ」

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