第57話
僕は何だか複雑な思いでチリと葵を見ていた。一年前に会った時は「好きな人」と言われてとても心地よかったのに、彼女が僕の知らないところで母親になるだなんて夢にも思っていなかった。
一年前まで影も形も存在していなかった葵はぴくぴくと鼻を動かし、時々眠そうに小さなあくびを繰り返している。「抱っこしてみる?」とチリが好意ある言葉をかけてくれたが、僕は首を何度も横に振った。そんな気分にはなれなかった。
「あの小料理屋に入って長いのか?」
僕が問うと、チリは「いいえ」と短く答えた。
「昼間はスーパーのレジ係をしているんだけど、それだけじゃね。女将さんのご好意で時々。ショウは今の仕事どうなの?」
「パシリみたいなものさ。生徒さんに頼まれて、たまに似顔絵を描いたりしてるけど」
「そう、すごいじゃない」
「どこが。まだまだ下手クソなのに」
「誰かに求められるって、とてもすごい事よ。私は奇跡のように思ってる」
「大げさな奴だな」
「だって母親だもの」
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