第56話

「その子は…」

「可愛いでしょ?」


 チリが赤ん坊の頬を軽く突いて言った。


「初めまして。私の名前は、上条 葵です」




 翌日。一回目の絵画教室が終わって少し時間が取れたので、僕はチリとイベント会場の外で待ち合わせて近くの喫茶店に入った。


 物静かに席に着いたチリの両腕には、昨日の赤ん坊がしっかりと抱かれている。生まれたばかりの赤ん坊はなかなか性別の判断が付きにくい顔立ちをしているものだが、葵という名前なのだから女の子だろう。よく見てみると、目元がチリによく似ているような気がした。


「昨日はありがとう」


 うっすらと目を開けている葵をあやしながら、チリが言った。


「たくさん食べてくれて、女将さんすごく喜んでたわ」

「いや。男四人があれもこれもと注文して、かえって迷惑じゃなかったか?」

「そんな事ないわ。誰かにおいしいって言ってもらえるのが女将さんの喜びみたいなものだし。だから、たとえ一見さんでも心を込めておもてなしするのよ」


 そんな女将さんが自分の理想に近いのだと、チリは照れたように話した。

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