第54話

小料理屋の中は奥行きがあるわりには部屋幅が狭く、十人も座ればもう一杯になってしまいそうなカウンター席しかなかった。そのカウンターの向かい側にいた着物姿の女将が「いらっしゃい」と明るく声をかけてきたが、一人で切り盛りしているのだろうか厚化粧の顔にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「四人だけどいいかな?」

「はい、構いませんよ」


 にこやかに笑いながら、女将がおしぼりを人数分差し出してくる。僕が手を伸ばしてそれを受け取っている間、先輩達は我先にと品書きを覗き込んでいくつかの注文を始めていた。


「佐伯、お前は何にする?」


 先生も二品ほど注文を決めたところで僕に品書きを渡してきたが、元々好みではない店に連れてこられたので、その中で何が食べたいかなどと聞かれても困った。


 品書きには和風的な名の料理が連なって書かれていたが、特に惹き付けられるようなものを見つけだす事ができずに、僕はぼそりと言った。


「特にこれというものはないんで、どれでもいいです。何でもいいですから、先生が好きに注文して…」

「やっぱり。ショウはそう言うと思った」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る