第42話
「俺は成人式が終わったら、もう二度とこの町には帰らないよ」
「どうしてだ」
「嫌な思い出があるからな」
そう答えて、健司は少し早足で歩き始めた。
甲子園に行けなかった事を悔やんでいるのだろうと解釈した僕は、慌てて彼の後を追い掛けた。
†
翌日の午前六時。母親の怒鳴り声によって叩き起こされた僕はのろのろと朝食を済ませ、眠くて何度も閉じそうになる瞼を擦りながら新品のスーツに袖を通した。
やはりどこか無理をしているという感覚が拭い切れずに落ち着けなかったが、母親は少しうっとりとした表情で僕のスーツ姿を喜んでいた。この時僕は、三十年という年月を得て完璧にスーツを着こなしている父親を初めてうらやましく思った。
成人式の開始時間はちょうど正午であり、場所は町の施設で一番大きい公民館で行われる事になっていた。腕時計を見てみれば、まだ午前九時。健司と待ち合わせた時間まで、大分余裕がある。ついていってあげようかとからかってくる母親の言葉を背に、僕は時間潰しに散歩に出かける事にした。
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