第38話

専門学校に入ってからの僕は新しい友人とムダ話をしたり、課題のスケッチを何枚も描き起こしたりとそれなりに忙しく、県外に行ってしまった健司がどうしているかとか全く耳に入らなかったし、あまり興味もなかった。


 中学・高校時代の同級生で、生真面目で負けず嫌いな奴だった――これだけで充分だと思っていた。


 毎年、成人式の時期になると、僕の住む田舎町は急にそわそわと落ち着きをなくす。仕事と刺激を求めて次々と若者が出ていってしまう為、この町も過疎化が進んでいるのだ。


 せめて自分達の生まれた町で成人式を迎えてもらいたいと願う大人達は、連絡が付く限りの新成人に、式に関するはがきをよこしたり電話をかけたりと躍起になっていた。健司もそのうちの一人だった。


 成人式の前日、僕は隣町にある百貨店へと足を運んだ。式には普段通りの私服で出席するつもりでいた僕に呆れて、母親が勝手にスーツを新調していたのだ。


「一生に一度きりの事なのだから」


 と強調する母親には勝てず、僕は三階の紳士服売り場にスーツを受け取りに行った。

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