第37話

今にして思えば、僕は彼女をそんなに好きではなかったと思う。告白されて嬉しくは思ったが、それはきっと物珍しさだった。その証拠に彼女とのキスはひどく味気なく、そうする度に、何故かチリを思い出していた。


 一方、健司は僕よりかなり充実した青春を謳歌したようだった。


 高校でも野球を続けていた健司は甲子園出場とまではいかなかったが、それでも在席していた三年間で野球部の成績を県内ベスト4にまで押し上げた。


 全校生徒の憧れの的で、先生達の期待となっていた彼と僕とでは雲泥の差があった。同じクラスにならなかった事もあって、高校での彼との交流はたまに廊下ですれ違った時に、二、三度話をする程度だった。


 忙しそうな彼の口からは、あの時以来チリの名前が出る事もなく、僕の口からも出す事はなかった。僕だけが、チリを思い出しているようだった。


 僕が造形関係の専門学校への進学を決めた高校三年の夏――野球部は県予選の準決勝で涙を飲み、その日のうちに部を引退した健司は足繁く進路指導室に通い始めた。


 彼が就職希望だと知った時は何故だと驚いたが、彼が選んだ商事会社には野球の実業団があり、しかもかなり強いらしいという話もすぐに聞いたので、僕は健司が相当の負けず嫌いであるという事もそこで初めて知った。

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