第36話
「こんにちは」
やがて、小さな声で葵がケンに言った。
「『かみじょう あおい』です。四歳です」
「上条…?」
ケンは驚いた表情を僕に見せる。僕は「ああ」と頷いた。
「一緒には暮らしていたが、チリとは籍を入れていない」
「何故だ?俺はてっきり…ああ、この子だって」
「大丈夫。葵は、分かっているから」
僕は小さい彼女をちらりと見た。葵はまだ自分の胸元を握り締め、ケンの顔を見上げている。そして、ケンもまた彼女を見下ろしたまま、微動だにしていなかった。
また、雨足が強くなった外の景色が、僕達の間に流れる時間をゆっくりとしたものに変えてくれていた。
†
僕や健司がチリと再会できたのは六年後、成人式を迎える二十歳になってからの事だった。地元の高校を卒業した僕は専門学校へ進学し、健司は県外の商事会社に就職した。
僕は実に平々凡々な高校生活を送った。一年の文化祭が終わった直後、同じクラスの女子から告白をされて付き合う事になったが、三年になって彼女の方の受験勉強が忙しくなった頃からぎくしゃくし始め、やがて自然消滅という形で別れてしまった。
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