第35話
僕はケンに少し近付いた。その際、僕の両足が畳を擦ってズルッと音を立てたので、葵はううんと唸りながら寝顔にシワを寄せ、もじもじと身じろぎした。
しまったと思って息を詰めていたが、少しして葵の可愛い両目がゆっくりと開かれ、僕とケンを捉える。ケンの狼狽した息遣いの音がクリアに聞こえてきた。
「パ、パァ…?」
ごしごしと目を擦りながら身を起こそうとする葵を押さえて、「まだ寝てていいぞ」と僕は言ってやった。
「昨夜はずっとママについていたんだ。もう少し寝てていいから」
「ううん。起きる…」
小さな頭を横に振って、葵は上半身を起こした。その時、ちょうど彼女の視界の中心に位置していたケンは、とても罰が悪そうに唇を噛み締めた。
「パパ」
葵が不思議そうな声を出した。
「このおじさん…」
「ケンの事、きちんと覚えているか?ほら、写真を渡してあっただろう?」
「うん、大丈夫」
葵が自分の胸元に手を当て、そこを撫でるように掌を上下に擦った。まだ幼い葵にとってこれが精一杯のサインであり、まだまだおぼつかないが彼女なりの主張の仕方だ。
しかし、それを知らないケンは不思議そうに首を傾げ、彼女の様子を見守っているだけだった。
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