第31話

僕は手に提げたままのビニール袋を持ち上げて見てみた。いつかの花火の時のようにぐっしょりと濡れ、先ほどまで温かな湯気を放っていたたこ焼きはずいぶんと冷たくなってしまっていた。


「ダメになっちゃってる?」


 ザアザアと降る雨音の中、チリが浴衣の水滴を払いながら言った。僕は「うん」と答えた。


「雨がやんだら、また買おうよ。大丈夫、多分通り雨だし」

「全く。お前といると、ろくな事にならない」

「何それ」

「去年、お前と花火を買った時も通り雨にやられたじゃないか」

「覚えてくれてるんだ。嬉しいな」


 ふふふっとチリが笑う。何がどう嬉しいのか、僕には分からなかった。


 チリは僕からビニール袋を取って確認するかのように中身を見ていたが、やがて「あっ」と小さな声をあげて何かを摘み出すと、それを口の中に放り込んだ。「何してんだよ」と僕が聞いても、チリは黙ったまま、その小さな何かを何度も口の中に入れては幸せそうに微笑んでいた。

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