第10話

少し走ったところで、僕はあぜ道の横にある屋根付きの小さなバス停を見つけて、そこに飛び込んだ。


 慌ててビニール袋を見てみると、必死で守ったつもりだったのだが、やはり中身はぐっしょりと濡れている。溜め息を漏らさずにいられなかった。


「これは買い直しかもな、上条…」


 僕は後ろにいるだろうチリに話しかけながらちらりと肩越しに振り返ったが、そこにチリはいなかった。


 「上条?」とバス停から頭を突き出して周囲を見渡してみたが、雨模様のあぜ道はどんどんぬかるんでいくだけで誰一人通らなかった。


 いくら荷物を持っていて速度が落ちていたといっても、やはり女の子の足だ。彼女を置いてきてしまったとガラにもなく落ち込んだ時だった。


「ショウ!」


 雨足の強い音の中、僕の耳に飛び込んできたのは、相変わらず明るくて騒がしいチリの声だった。声のした方を見てみれば、安物のビニール傘を差したチリが苦笑いを浮かべて立っていた。


「上条…」

「傘を買うだけのお金なら、まだ残ってたから」


 チリはゆっくりバス停の中に入ってくると、ビニール傘を閉じて水滴を振り落とした。


 よく見るとチリの小さな肩が雨で少し濡れていて、彼女の口から漏れる息は短く切れていた。いくら悪い印象しか抱いていないとはいえ、さすがにちょっと申し訳なく思った。

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