第9話

「ショウ、急いで」


 ふと、空の変化に気付いたチリが少し大きな声で言った。


「降ってきそうだから」


 チリの言葉に、僕は視線だけを空に向けた。確かに怪しい黒雲が空にぽつぽつ現れだし、それらが上空の風に煽られて一つに重なり合っている。何となく、雨の匂いがしてきたような気もした。


「上条も半分持てよ」


 僕は左手のビニール袋を差し出した。右手の分より若干少なめに詰め込まれているので、これなら持ってくれるだろうと思った。しかし、チリはただ一言「イヤ」と言って、首を横に振った。


「おい、上条…」

「チリ」

「は?」

「チリって呼んでくれたら、持ってあげる」


 悪戯っ子のように言ってみせるチリに「ふざけるなよ」と言いかけた時、僕の額に水滴が一つぶつかってきた。反射的に顔を上げると、間髪入れずにいくつもの水滴がぱらぱらと空からやってくるのが見えた。


「…やべっ!」


 僕は小さく叫ぶと同時に、学校に向かって走りだした。水滴は通り雨となって、降るとは思っていなかった往来の人々を充分に驚かせた。僕は両手に提げたビニール袋をできるだけ濡らすまいとして走り続けた。

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