第4話

僕は言った。


「チリが言ったんだ。これはもう自分ではなく、自分の脱け殻だと」

「チリらしいな」

「その通りだと俺も思っている」

「そうだろうな」

「葵に会っていけ」


 僕は視線だけを座敷の隅の方へと向けた。小さくぐずる声が微かに聞こえたが、葵はまだ目を覚ましていないようだった。


「起こすのは可哀想だろう」


 ふっと短く苦笑を漏らしてから、ケンは大きく首を横に振った。そのまま腰を下ろして座り込み、棺桶から目を離さないでいる。やや前屈みになっているケンの背中を僕はずっと見下ろしていた。


 やがて窓の向こうから、ぽつ、ぽつ、と水滴の落ちる音が聞こえ始めてきた。


「降ってきたな」


 ケンが懐かしそうにぼそりと言った。



 僕が初めてチリと会ったのは、もう十年以上昔になる。ぶかぶかの制服を身にまとって、へんぴな田舎町にある中学校の校門を初めてくぐり、入学式を終えて教室に入った時、僕の隣の席にいたのが彼女だった。

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