第2話
僕はまた振り返ってみた。座敷の中にはもう誰もいない。畳には何十もの座布団。辺りには線香の匂い。しんと静まり返ったその特殊な空間の中で、僕と彼女しかいなかった。
とても疲れたのだろう。タオルケットをかけられた彼女は、座敷の隅の方で小さな子猫のように丸くなって眠っている。僕は窓を閉め、静かに彼女の側へと歩み寄った。
僕は彼女の顔をそっと覗き込んだ。昨夜、散々泣き明かした彼女の頬は赤くて腫れぼったく、いくつもの涙の筋が未だに残っていた。
時々、鼻をスンと鳴らしてはみじろぐその小さな背中を、昨夜の僕は何度さすり、抱き締めてやっただろう。僕の肩口を強く掴んできたその両手も、今は力なく横たわっていた。
「葵…」
僕がそっと彼女の名前を呼んだのとほぼ同時に、玄関に取り付けてあるインターホンの小気味いいチャイムが鳴った。反射的に腕時計を見る。十二時になろうとしていた。
インターホンには出ず、直接玄関を開けてやると、待ち兼ねていた男が少し息を切らしながら喪服姿で立っているのが見えた。
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