第13話

男性店員は、ちょっと呆れたかのように小さな溜め息をついてから、ホームレスに言った。


「また早く来たな、おんじい?言っただろ、あと二時間は遅く来いって。店長に見つかったらやばいんだぞ」

「つれない事言うな。ワシが来ないと寂しいくせに」

「あのなぁ…」


 自分を無視して話し始めた二人に、早紀はイライラを募らせる。


 この状況ではもう何も持っていく事ができない。初めての「負け」に、ぎゅっと歯を噛み締めた。


「…ありがとうよ」


 おんじいと呼ばれたホームレスがふいにそう言うと、ぱっと早紀の手を離した。


 軽くなった手を引き寄せ、早紀は二人を交互に睨み付ける。おんじいはそんな早紀ににこっと笑ってから、もう一度言った。


「ありがとうよ」

「…っ、何がだよ!」


 早紀は短く怒鳴ると、小走りで店の自動ドアに向かった。


 だが、開いた自動ドアをくぐった瞬間、男性店員の安心したような声がかすかに聞こえた。


「よかった。やめてくれて…」


 今の早紀には、とても屈辱的な言葉だった。


 肩越しにちらりと振り返ると、名札に『佐藤』と平凡な名前が書かれてあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る