第12話

「…ざけんな、離せよ!」

「あんなぁ…」


 小さく、ぽつりとした声でホームレスが言った。


「歯ブラシ、知らんか?」

「はあ?」

「歯ブラシ、買いに来たんだが…場所分からん」


 早紀は自分でもそうだと思うくらい、ずいぶんと間抜けな声を出した後、コスメコーナーの横の棚をちらっと見た。


 そこにはホームレスが買いたいと言っている歯ブラシが数種類、フックに整然と釣られている。つい、そこを指差した。


「見て分かんないの!?ここだよ、ここ」

「おお」


 ホームレスは新しいおもちゃを見つめる子供のように目を輝かせ、歯ブラシを見入り始めた。が、相変わらず早紀の手を離そうとしない。


「ちょっと…!」


 早紀がもう一度怒鳴ろうとした時、ぱたぱたと慌てるような足音が聞こえてきた。


「お客様、どうかされ…おんじい!」


 やってきたのは、あの若い男性店員だった。


 どうやら、子供達やサラリーマンは会計を済ませて出ていってしまったらしく、店の中はいつのまにか三人だけになっていた。

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